SOLEIL LEVANT’s blog

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初代 神武天皇 「私」を捨て公に生きる

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より

 


神武天皇解説 八百万の神図鑑 日本神話 古事記の神々

 

 

 

カムヤマトイワレヒコノミコト、後の神武天皇である。 九州日向(宮崎県)で三男、または四男として生まれた。
生まれながらにして明達で強い意志を持っていたカムヤマトイワレヒコノミコトは15歳で皇太子となり、45歳で兄たちを連れ東征へ向かった。
その後、大和国を平定し紀元前660、2月11日に即位、初代神武天皇となった。
これが建国記念の日になっている。 当時52歳であった。


即位から2676年(平成28年現在)世界中どこを探しても神話と現代まで繋がっている国はない。
我が国日本は世界一長く続く国である。
つまり、神武天皇はこの国の創始者と言われる人である。


今ある名だたる企業も創始者の名前は言えても二代目の名前を言える者は極端に少なくなる。
それほど偉大であり、後世に語り継がれる存在である。


ニニギが天孫降臨して約180万年余り。 未だ全土を王化していなかった。
宮崎県から大分宇佐に辿り着き、福岡県の岡田宮に一年止まり、広島、兵庫、大阪へと向かう。
船で大阪へ着くと、トミノナガスネビコが軍を興して、待ち構えていた。
両者は戦い、イワレビコの長男であるイツセは腕に矢を受け負傷してしまう。
イツセは『日の御子である我々は日に向かって戦ったことが良くなかった。
回り込んで日を背負って戦おう』と回り込んだ。
しかし、イツセはその傷がもとで死んでしまう。
その後イワレビコは熊野に入るが、体調を壊し寝込んでしまう。
また、従う兵も寝込んでしまった。
これを見たアマテラスがタケミカヅチに『我々の子孫が地上で苦戦している。
元々あなたが説得して譲り受けた国だから、あなたが行って助けなさい』と タケミカヅチは『私が行かなくとも国譲りの際に国を平定した剣を降ろせばよい』と 剣を受け取るとたちまちイワレビコは起き上がり、熊野の軍は自ら切り倒れてしまった。


その後、熊野の道先案内として現れたのが三本足のカラス。
八咫烏である。 八咫烏サッカー日本代表のエンブレムとして使用されている。
その後、大和を平定する。


神武天皇の神武とは【もっとも優れた知であり、計り知れない勇を備え、人民の生命を尊重する仁を兼備した者】という。
この事から【むやみやたらに人を殺すことが武ではない】という意味である。


さらに、即位した際『天下を一家と考え、自分が正しいことを行ってその心を広めたい』と述べている。


人の上に立てばなんでも自分の言う通りに行くと勘違いしてしまう。
それこそが独裁であり、自我である。
つまり、自分が正しいと思うことは人それぞれ。
だから、自分が正しいと思うことをやりなさい。
その正しいと思う心を広めてこの国を守りたいと言っているのである。
周りや自分自身をよく見て欲しい。
自分が正しいと思うことを人に押し付けていないだろうか?
また、自分が正しいと思わないことを受け入れる事が出来るだろうか?
その事を自我という。
天皇三大神勅の中の宝鏡奉斎の神勅で自分の自我によって民を苦しめていないか?
鏡に映し、もし自我があったならば、その我を取り除きなさい。
【かがみ】から【が】を取り除けば【かみ】となる。
我が国日本の君主は2676年(平成28年現在)前から125代今上天皇に至るまで、この掟を守り続けた。
これこそが徳であり、世界一長く続いた国の礎となっている。
また、神武天皇は3人の兄弟と東征に向かうが、最後は一人になる。
創始者とはそれほど孤独であり、その孤独に打ち勝ってこそ、大業を成せる。

この時の孤独とは【私を捨て、公となる】 この事を指している。
目的意識を持ち、強い意志を貫くその姿は現代まで125代、語り継がれる天皇の原点とも言えるのではないのだろうか?
我々はその天皇に守られている。