SOLEIL LEVANT’s blog

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玉柱屋姫命(たまはしらやひめのみこと)

https://apli.hatenablog.com/entry/2019/02/03/185353

より

伊雑宮の御祭神である『玉柱屋姫命(たまはしらやひめのみこと)』について書かせて頂く。

伊雑宮の御祭神は『天照坐皇大御神御魂』(つまり天照大御神)であるが、それは明治以降の話。中世では『伊佐波登美命(いざわとみのみこと)』『玉柱命(または玉柱屋姫命)』の2座を祀ると考えられていた。この2神は同一とされ、伊勢神宮の内宮を建立された倭姫命(やまとひめのみこと)が神宮への神饌(神様の食事)を奉納する場所を探して伊勢志摩を訪れた際に迎えた神である。

また、御田植祭では天に大きな団扇を掲げて、田んぼに倒す、という神事が行われる。これは”天の神様を田んぼに降ろす”、いう意味が込められているという。このとき田に降ろされた神は『玉柱屋姫命(伊佐波登美命)』である。

この『玉柱屋姫命』という名前、玉は空の星、屋を夜とすると『星の柱の夜の姫』という意味。御田植祭は6月24日つまり初夏に行う事から、天の川の姫、つまり織姫様であるということがわかる。(参考

 

 

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http://engishiki.org/shima/bun/sm090101-01.html

より

伊雑宮

伊雑宮は、一般には「イゾウグウ」ともよばれ、皇大神宮(内宮)の別宮であり、古くから皇大神宮の遙宮(とおのみや)と称せられています。
当宮の創立は、約2000年前の第11代垂仁天皇の御代です。皇大神宮ご鎮座の後、倭姫命(やまとひめのみこと)が御贄地(みにえどころ=皇大神宮へ奉る御供物を採る所)をお定めになるため、志摩国をご巡行の際に、伊佐波登美命(いざわとみのみこと)が奉迎して、この地に当宮を創建して、皇大御神の御魂をおまつりしたと伝えられています。


 『万葉集』に「御食(みけ)つ国、志摩の海女ならし、真熊野の小船に乗りて、沖辺漕ぐ見ゆ」とも歌われているように、志摩の国は風光麗しく、海産物に富み、古来神宮と朝廷のご料を貢進した地です。

 

 

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伊射波神社の祭神は当初稚日女尊だけであった。

https://plaza.rakuten.co.jp/kodaisi/diary/201405070000/