SOLEIL LEVANT’s blog

日出づる国 日本。宇宙のすべてが光り輝き、いつも良いことがありますように。

日本武尊(小碓尊)様

寳登山神社(宝登山神社

埼玉県秩父郡長瀞町長瀞1828

http://www.hodosan-jinja.or.jp/

今からおよそ1900年の昔の事、第12代景行天皇の皇子日本武尊が東国平定後に秩父の地にお入りになり、秀麗な山容に魅了されミソギを済ませ山頂へと向かいます。しかし突然の山火事に進退が極ったその時忽然と山犬たちが出現し瞬く間に火を消し止め、尊一行を頂上まで案内すると山犬たちは姿を隠してしまいました。この不思議に尊は山の神が御眷属の大口真神たる山犬をお遣わしになり、自分たちを救ってくださったとお悟りになり、山頂に神籬を設え尊の祖先にあたる第一代神武天皇・山の神の大山祇神・火の神火産霊神を祀り、山の名を「火を止める山」と表し「火止山=ほどさん」と定めました。このことが寳登山神社の始りと伝えられるのです。

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日本武尊が、山の神の神使(お姿は山犬さま)=大口真神(おおぐちのまがみ)の加勢を受けつつ登山し、山上に神籬(ひもろぎ)を立て、寳登山神社の創祀にかかわる、祭祀を営んでより、1900年の佳節の時を迎えます。

日本武尊は(大足彦忍代別天皇=おほたらしひこおししろわけのすめらみこと)第12代景行天皇の第二皇子としてお生まれになります。兄を大碓皇子「おほうすのみこ」、日本武尊は小碓皇子(をうすのみこ)、日本童男(やまとをぐな)とも呼ばれ「幼くして雄略之氣有り。壮に及びて、容貌魁偉、身長一丈、力能く鼎を扛げたまふ」ご存在で有りました。

日本武尊の活躍は熊襲征伐に始まり、この時のお歳は16歳の青年でした。尊は熊襲の魁師者、川上梟師(かわかみのたける)の宴に連なる童女に姿を変え近づき、酒に酔い油断した川上梟師を誅殺いたします。この時、川上梟師は尊の智略と働きとを褒め称え、「自分より強い貴方に、タケルという名前を献上いたします。以後は日本武皇子と名乗ってください」といい遺し息絶えます。

 

熊襲の国を平定したことによって、西の国々は静まり、吉備、難波国も従うようになった景行天皇40年、東の国々が謀叛を繰り返すようになると、蝦夷(えみし)も騒乱を起こすようになりました。天皇から東国平定を命ぜられた尊は、伊勢の神宮に東国平定の成功を祈り、叔母の倭姫命(やまとひめのみこと)から、素盞嗚尊(すさのおのみこと)が八岐大(やまたのおろち)の尾から得た神剣「天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)」を授けられ、勇躍として征途につきます。

しかし尊の前途は多難でありました。駿河国の焼津では野火攻めに遭い、神剣を振るい野火を薙ぎ払い、天叢雲剣草薙剣(くさなぎのつるぎ)とも呼ばれるようになる活躍をされ、横須賀走水では最愛の弟橘媛(おとたちばなひめ)を入水によって喪う悲劇を乗り越え、上総国木更津に上陸いたします。その後、陸奥国に進み艱難辛苦の末平定すると、蝦夷もその勢いに従うようになり、東国の平定がなりました。

陸奥国の平定が済むと、尊一行は陸路帰途につきます。その道筋を「日本書紀」は「常陸国を経て、甲斐国に至りて、酒折宮に居します。(中略)唯信濃国・越国頗る未だ化に従はずと。即ち甲斐より北に轉り、武蔵・上野を経て、西碓日坂に逮ります」と極めて簡略な表現をしています。

しかし、かつて武蔵国であった東京の台東区鷲神社、五条天神社、榊神社、文京区根津神社青梅市御嶽神社にも、日本武尊の伝説が語られています。

甲斐国三富から雁坂峠を越え武蔵国へ踏み入った尊は、第一歩を三峯の地に遺すほか、寳登山神社を始めとする、秩父に鎮座する多くの神社や山々村々に生き生きとした言い伝えを残しています。

 

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【金運が上がる】宝登山神社にいってきました

■御祭神■  

神日本磐余彦尊 (かんやまといわれひこのみこと、神武天皇)  

宝登山神社:埼玉県秩父郡長瀞町大字長瀞1828

  


宝登山神社 奥宮

 

 

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三峯神社

当社の由緒は古く、景行天皇が、国を平和になさろうと、皇子日本武尊を東国に遣わされた折、尊は甲斐国(山梨)から上野国(群馬)を経て、碓氷峠に向われる途中当山に登られました。
尊は当地の山川が清く美しい様子をご覧になり、その昔伊弉諾尊(いざなぎのみこと)・伊弉册尊(いざなみのみこと)が我が国をお生みになられたことをおしのびになって、当山にお宮を造営し二神をお祀りになり、この国が永遠に平和であることを祈られました。これが当社の創まりであります。 
その後、天皇日本武尊が巡ぐられた東国を巡幸された時、上総国(千葉)で、当山が三山高く美しく連らなることをお聴き遊ばされて「三峯山」と名付けられ、お社には「三峯宮」の称号をたまわりました。

http://www.mitsuminejinja.or.jp/saijin/index.htm

埼玉県秩父市三峰298-1

 

 


三峯神社(三峰神社)境内の見どころを入り口から最後まで紹介 Mitsumine Shrine - Fun! Chichibu(ファンチチブ)

 


三峯神社 奥宮

 

 

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子之神社

神奈川県足柄下郡湯河原町福浦(ふくら)129

JR東海道本線真鶴駅下車、徒歩十五分、 福浦港入り口の高台に鎮座。

定休日: 毎週月・火曜日

http://okuni-konomiya.sakura.ne.jp/

遙か太古の昔、大海原の彼方から、龍王、妃、王子の三柱の神々が、荒藺乃崎(現在の真鶴岬)に御船に乗られて御出でになり、当地を開拓されたと伝えられています。その後、文武天皇4年(西暦700)、役行者と共に、当地を訪れた御杖代・穂積濃美麻呂卿が、師である役行者と共に、陰陽の秘法を以て、金剛蔵王権現、弁財天、子守大明神をお祀りしたのが当神社の創祀であり、その折に、当地に「霊妙なる薬湯」を見出したのが、現在の湯河原温泉の始まりと伝えられています。

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丸子山王日枝神社

川崎市中原区上丸子山王町1-1555

http://www.jinja-net.jp/jinjashi-kensaku/jsearch3jinjashi.php?jinjya=420

第五十代桓武天皇の御嫡子、貞恒親王次男恵恒僧都(山本平左衛門尉恒重)が、弟二郎左衛門尉恒明と共に滋賀県大津市坂本日吉大社の御分霊を奉じ、此の丸子の地に宮造りして御鎮座遊ばされたのが現日枝神社である。

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愛宕神社

港区愛宕一丁目五番三号

https://www.atago-jinja.com/


Atago Jinja - Secret Shrine in Tokyo ᴴᴰ ● 愛宕神社 虎ノ門 東京

 

 

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田無神社

西東京市田無町3-7-4

西武新宿線田無駅北口より徒歩6分

http://tanashijinja.or.jp/

田無神社の主祭神は、級津彦命(しなつひこのみこと)・級戸辺命(しなとべのみこと)、大国主命であります。
大国主命出雲大社の祭神であり日本各地の神社でお祀りされています。「古事記」によれば、素戔嗚尊の娘神である須勢理比売命と婚姻し、海の向こうからやってきた少彦名命と協力して日本国の開拓経営に尽力され葦原中国(日本国の異称)の主となられました。その後、天照大御神葦原中国平定の命を受け天降った武御雷神に国譲りをし、幽界にお隠れになられました。非常に多くの異称とご利益を持つ神様です。

また、尉殿大権現と称されていた創建当初より級津彦命 (しなつひこのみこと)・級戸辺命( しなとべのみこと)をお祀りしております。この二柱は龍田大社伊勢神宮・内宮の別宮である風日祈宮、外宮の別宮である風宮などでお祀りされる風を司る神様です。元寇の際に神風を吹かせ、日本の国土をお守りくださった霊験あらたかな神様であられます。現在は五行思想に基づき本殿に級津彦命(しなつひこのみこと)・級戸辺命(しなとべのみこと)として金龍、境内各所に黒龍、白龍神、赤龍、青龍を配祀し五龍神として信仰されております。


【田無神社】五龍神がすまう杜

 

 

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金王八幡宮

渋谷区渋谷3-5-12

https://www.konno-hachimangu.jp/

応神天皇は第15代天皇で、八幡大神として全国の八幡社に祀られています。
別名は品陀和気命(ほんだわけのみこと)八幡大菩薩(はちまんだいぼさつ)とも称され、欽明天皇32年(571)に初めて九州宇佐の地にご示現になられました。
皇室は、宇佐八幡宮石清水八幡宮伊勢神宮に次ぐ、第二の宗廟として八幡大神を崇敬しました。清和源氏桓武平氏など全国の武家から武運の神「弓矢八幡」として崇敬を集め、殊に清和源氏八幡大神氏神として崇敬し、日本各地に勧請しました。源義家石清水八幡宮元服し、自らを八幡太郎義家と名乗ったことは有名です。
八幡宮は、雄徳山八幡(石清水八幡宮)を勧請したことが元別当東福寺の梵鐘に記されています。(月旗を御神体と成して勧請)


金王八幡宮【渋谷区の金運・開運のパワースポット】[Japan] Konno Hachimangu in Shibuya, Tokyo